第一章:【裁決】の君主の「“氷雪の庭院”」

遊歴者:
「おお、清醒なる君主よ、我が旅路の初章よ。
私は来た、あの喧騒と、迷霧の旧き地より。
何故(なにゆえ)、貴方の庭院は寸草(すんそう)生えず、ただ氷霜(ひょうそう)のみなのか?
貴方の智慧を以て、この「“真偽”」の迷惘(めいもう)を解いてはくれぬか?」

裁決:
「旅人よ。汝(なんじ)は風塵(ふうじん)に塗(まみ)れ、その双眸(そうぼう)は無常に満ちている。
さあ、我と共に来るがよい。この、 「“時”」によって凝固させられた池塘(ちとう)を見に。
見よ。あの、夏の日々に、かつて「“清濁”」を混淆せし波浪(はろう)が、
今この刻(とき)、我が月光の下(もと)に、他に何が残って輝いていると?」

遊歴者:
「私には氷が見える。の如く平らかで、堅く、明るい。
そしてまた、見える。かつて「“水下”」(みなそこ)に隠されていた枯枝(こし)と敗壤(はいじょう)(腐れた土)が。
それらは、永遠に「“氷層”」の下方に凝固させられ、
初めて、「“清澈”」なる「“氷”」と、かくも明朗分離されている。」

裁決:
「汝(なんじ)が見たものこそ、「“裁決”」の真相
我は審判にあらず。我はただ、「“万物”」を本相(ほんそう)(本来の姿)に回帰させるのみ。
我が寒冷をもたらすは、懲罰殺傷のためではない。
そうではなく、あの「“虚浮”」(実なきうわべ)の熱浪(ねつろう)に、その狂おしき生長を止めさせるため。」

裁決:
「「“欲望”」の水分が、我によってと凝結する時、
かの真実骨格が、やがて、汝(なんじ)の眼前に姿を現す
汝が探す磐石は、決して外界の山嶺(さんれい)にはない。
(それ)は、まさしく、汝が一切(すべて)の偽装を褪(ぬ)ぎ去った後の、
かの赤裸(せきら)なる真性(しんしょう)の内にこそ在る。」

(尾声)

裁決の君主は、そう言うと、もはや言葉を発しなかった。
祂(かれ)はただ、あの「“滑らかな氷”」を指差した。
私は、歩み寄り、氷の中に、私自身の倒影(とうえい)を見た。
それは、寒風によって一切(すべて)の塵埃(じんあい)を吹き払われた「“旅人”」であった。
鮮明で、そして、揺るぎない
私は、見つけたのだ。私の磐石を。